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小富士(小笠原山行記vol.1)
24時間+2時間の長旅を経てようやく辿り着いた小笠原母島の展望の山
2022年2月5〜7日
小富士(86m)
行程 (5日)東京竹芝ふ頭(11:00)━おがさわら丸(泊)━(6日)父島二見港(11:00-12:00)━くろしお丸━母島沖港(14:00)・・・クラフトインラメーフ(泊)━━(7日)都道最南端ロータリー(8:22)・・・蓬莱根分岐(8:49)・・・擂鉢(8:52)・・・南崎分岐(9:13)・・・小富士(9:29-10:12)・・・南崎分岐(10:22)・・・南崎(10:27)・・・南崎、ワイビーチ分岐(10:33)・・・南崎分岐(10:41)・・・擂鉢(10:54)・・・蓬莱根分岐(10:59)・・・都道最南端ロータリー(11:10)━━食事処メグロ━━北港(12:25-55)━━東港下探照灯下砲台(13:02-12)━━新夕日ヶ丘(13:25-38)━━静沢の森遊歩道(14:16-29)━━クラフトインラメーフ(泊)
山行記
5日
●小笠原諸島というと遠い所で、まさか自分が行くことになるとは夢にも思っていなかった。ところが、完登を目指している小林泰彦氏の日本百低山の中に小笠原諸島母島の乳房山があることに気付いた。それでも、片道26時間以上の船旅が必須のこの山を登るためには、費用も時間もかかるので諦めるつもりでいた。
●そんな中、新型コロナウイルス感染症に関連する政策として1人一律10万円の支給がされることになり、それを利用すれば行けるのではないかと、昨年、一度企画してみたのだが、感染状況が悪化したため中止を余儀なくされていた。
●しかし、昨年末から感染状況が落ち着き、再び行く気になって2月発の、船と宿がセットの企画を申し込んだのだが、今年1月から再び感染状況が悪化した。どうしようかと悩んだ末、小笠原諸島へ行くには全員のPCR検査が必須であること、乗船口の東京竹芝ふ頭まで車で行けば問題無いのではないかと考え、思い切って実施することにした次第だ。
●出発日が近づくにつれ感染状況も悪化の一途を辿っていったが、もう後戻りはできない。前日までに陽性者のみにされるといわれていた電話も無かったので、出発日の夜半に豊川を出発した。思ったよりも道が空いていて、朝7時過ぎには、おがさわら丸利用者割引のある予約不可の最寄りの駐車場に無事駐車することができた。
●竹芝ふ頭で、東京スカイツリーやレインボーブリッジなどの久々の東京の景色を楽しみながら時間を潰した後、午前11時発のおがさわら丸に乗船した。現地スタッフの見送りを受け出港した後、東京湾を進む船から、羽田空港を発着する航空機や雲に覆われ一部しか見えない富士山、日本百低山でかつて登った鋸山などの景色を楽しんだ。
●東京湾を出ると見える景色も無くなるのに加えて、海上は低気圧の影響で強風と高い波で甲板への立ち入りが制限されたため、展望ラウンジに陣取ってビールや島チューハイなどを楽しみながら過ごした後、船室に戻ってその日はおとなしく就寝した。
6日
●翌朝、展望ラウンジで朝食を済ませたが、依然波は高く甲板への立ち入りは制限されたままだだった。それでも、次第に小笠原諸島の島々が見え始め、やがて父島の二見港に到着した。通常ならここからははじま丸で母島へ向かうのだが、この日はドック中のははじま丸に代わり、真新しいくろしお丸への乗船となった。
●父島で車が全て品川ナンバーであるのと、当然ではあるが警官が警視庁所属であることに驚きながら、くろしお丸で母島へ向かう。波は相変わらず高く揺れが激しい中、くじらがよく現れる海域ということなので、甲板に出てくじらを探すが、なかなか見つけられず、代わりに母島列島の島々を見ながら、船は2時間程で母島沖港に到着した。
●沖港に上陸すると宿舎の迎えの車に荷物を運んでもらい、自分たちは初めての母島の様子を偵察することにした。この日は、おがさわら丸入港の日ということで、数件しか無い商店は商品整理のため休みの所、地元民しか受け入れない所、夕方からしか空かない所などで、買い出しもままならない状態だった。
●翌々日に小富士へ行く予定だったので足を確保するためレンタルバイクを予約しようとしたが、予約はNGで、今すぐなら空いているということなので、翌日に小富士へ行くことにして、レンタルバイクを24時間借りてこの日は久々に運転するバイクに慣れるため、近辺を回ってみて翌日に備えた。
●宿舎に戻ったが、部屋はバス、シャワートイレ付きで、共同だがコインランドリーも有るという、この島にしては十分過ぎる程だ。窓からは藪しか見えなくてがっかりだったが、朝から、この島の固有種というハハジマメグロやメジロ、オガサワラハシナガウグイスなどのいろいろな小鳥が訪れ、かえって楽しかった。
7日(小富士)
●朝食を済ますと、早速小富士へ登るために借りてあったレンタルバイクで都道最南端の小富士や南崎への遊歩道入口まで向かうが、思ったよりも道路の起伏が激しく、最悪歩くことも考えていただけにとても有難かった。都道最南端のロータリーに着くと、邪魔にならないようにバイクを停めた。
●遊歩道入口には、外来種侵入防止のための靴底掃除の靴拭いがあり、入念に靴底を拭った後、短い階段を下り遊歩道に踏み入る。亜熱帯に属する母島の遊歩道は、テレビなどで見る熱帯のジャングルを思わせるような木々が生い茂っていて、本土とは植物も林相も明らかに違うので、見ていると楽しくてなかなか進まない。
●遊歩道はオガサワラビロウやタコノキなどの固有種が茂る樹林帯の中、小さなアップダウンを繰り返しながら続き、途中蓬莱根への分岐があるが、とりあえず小富士に登っておきたいので、まっすぐ小富士を目指して歩いていくと、赤土がむき出しになった場所に出るが、そこは擂鉢と呼ばれる場所で休憩舎があり、足拭いと酢のスプレーが設置されている。
●さらに進むと南崎方面への分岐に出るが、その辺りからようやく小富士への登りが始まる。木の階段が多くなり、最後は鉄製のはしごが現れ、それを登ると岩の多い小富士山頂だ。小富士山頂は大きく開け、ボニンブルーの海やその向うに鰹鳥島や向島、姉島などの母島諸島、明日登る乳房山などの絶景が広がる。
●それに加え、沖で潮を吹くザトウクジラが泳ぐのがよく見え、写真に収めようとするのだが、一眼レフではないので、クジラを捉えるのが大変で、潮を吹いたのを見て位置を確認してからシャッターを押すので、写っているのは精々尻尾だけで、何度もそれを繰り返しているうちについつい時間を費やしてしまった。
●さすがにクジラの撮影で疲れてきたので小富士山頂を後にする。帰りは、往きにパスした南崎などへ寄っていく。分岐から5分程で行くことのできる南埼は礫の海岸で、大きな貝殻や珊瑚が礫状になったものも見られ、見上げれば先程訪れた小富士も見ることができた。
●南崎から一旦戻り、南崎分岐の手前の分岐からワイビーチへも寄っていくことにする。100mということだが意外に下る。ワイビーチは礫の南崎と違って砂浜で、打ち寄せられたごみが目立つ。荒い波が打ち付ける岩場の向こうには乳房山を見ることができた。後は来た道を戻って、レンタルバイクを置いた都道最南端ロータリーまで戻った。
●都道最南端ロータリーからは一旦沖港まで戻り、昼食を済ませた後、レンタルバイクの借用時間も余っているので、母島の島内巡りをしてみることにした。この時母島は寒波の影響で、最低気温が15度を切る程で、バイクで風を切ると寒いぐらいだったが、我慢して母島最北の北港まで行くことができた。
●北港はかつて人が住んでいた所だが、現在は見る影も無く、東屋の整備が進んでいた。北港の次は東港下探照灯下砲台へ寄ってみた。今は木々に覆われているが、当時は木々も刈られ東港方面に睨みを利かせていたことだろう。砲台は3基残されていたが腐食が激しく、時の流れを感じた。また、それらを巡る遊歩道ではガジュマルのトンネルなども見ることができた。
●その外にも新夕日ヶ丘や静沢の森遊歩道など、母島の観光をしながら帰り、島唯一のガソリンスタンドでガソリンを満タンにする。母島を北から南までよく走ったという感覚はあったが、レンタルバイク2台合わせて入ったガソリンが2L程度だったのは驚きだ。レンタルバイクを借りたのは泊まった宿の隣のユースホステルなので、そこでレンタルバイクを返却をして宿に戻った。

竹芝ふ頭から母島へ
竹芝ふ頭のおがさわら丸と東京スカイツリー 竹芝ふ頭のおがさわら丸とレインボーブリッジ 船から見る羽田空港と雲に覆われた富士山
船から見る海ほたる 船から見る鋸山と富山 船から見る伊豆諸島
船から見る父島 父島二見港のくろしお丸とおがさわら丸 くろしお丸から見る母島
くろしお丸から見る乳房山 PCR検査陰性の証拠 竹芝ふ頭のハクセキレイ
小富士、母島巡り
レンタルバイクはボロボロ状態 都道最南端の遊歩道入口 遊歩道入口の靴拭いと箱には酢のスプレーが
蓬莱根分岐 擂鉢 擂鉢の休憩舎と靴拭い、酢のスプレー
南埼分岐 小富士直下の梯子 小富士山頂
小富士山頂から見るザトウクジラ
小富士山頂から見る南崎と向島 小富士山頂から見る母島諸島
南崎と小富士 ワイビーチと乳房山 北港
北港の東屋は整備中 東港下探照灯下砲台 静沢の森遊歩道の対空砲
テリハハマボウ カッコウアザミ ジュズサンゴ
コウゾリナ センニチノゲイトウ ムニンセンニンソウ
ムラサキオモト タコノキ タコノキの実
オガサワラビロウ ガジュマル ハイビスカス
ランタナ パパイヤの花 パパイヤ
ホナガソウ シュロガヤツリ イソヒヨドリ
オガサワラヒヨドリ アカガシラカラスバト メジロ

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